すっかり眠り込んでしまった少年の髪をもてあそびながら、わたしは歌うのをやめる。寝息は規則的で、とても深い。死んでしまったのではないかと不安になるけれど、よく見れば胸はちゃんと上下している。わたしは思わず、鼓動を刻まなくなった自分の胸に手を当てた。少しの弾力を感じたあと、手はわたしの胸部をすり抜ける。幽霊は自分の体すら満足にさわれない。
小さなため息をついて、眠り込んだ少年を見る。長いまつげにかかる、灰色の髪の毛。わたしは指先にこころを集中させながら、少年の髪の毛に触れた。本来ならば許されない死の干渉。少年の睡眠を妨害しない程度の風を巻き起こして、彼の髪の毛を払ってやる。透明な月光が少年を照らす。
わたしは少年が深く眠り込んでいるのを良いことに、彼に二度口づける。一度はほほに、二度目はくちびるに。わたしに少年の肌の感触は伝わらない。少年にわたしの肌の感触は伝わらない。
自己満足だと言うのは分かっているけれど、それでも自分を抑えるために必要なことだ。わたしの欠落しているらしいこころを埋めるために。少年を貪ってしまいたいと言う暗い欲求を抑えるために。
「ねこが歌うよお前のために。月が歌うよお前のために。世界は愛す、お前を愛す。だからおやすみ、かわいい子」
どこで覚えたのか自分でも分からない子守唄を囁きながら、わたしは少年を眺める。時間と言う概念から切り離されてしまったわたしは、いつまできみとともにあれるだろうか。
「夢がお前を抱くよ愛しい子。母がお前を抱くよ愛しい子。世界は愛す、お前を愛す。だからおやすみ、愛しい子」
わたしは眠ることを許されていない。死者の眠りは存在の消滅を意味する。ねえ少年、きみはわたしを好きだと言ったね。わたしはきみのことを愛しているよ。でも、なぜわたしはきみを愛しく思うのだろう。こころがわからない。
「皮肉なものです」と息だけで呟いて、わたしは少年から離れた。「おやすみなさい」
月は傾き始めた。夜はこれからで、少年の夢もこれからだ。制約の多いわたしにとって、一番不要な時間。最後にもう一度だけ少年のほほに口づけて、わたしは少年の部屋から立ち去った。
(きみは、わたしの、何なのだろう)